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1/27***大聖ノストラダムス師*予言アナグラムから読み解く『1999年7の月」予言の核心へ(6)***大預言者たちの預言とランデブー、2016年以降

驚くべき現ローマ教皇のコメント

すでに昨年末クリスマス前に、ローマ教皇から発せられたコメントについては、いくつものブログや、ニュース報道でも頻繁に記事に取り上げられていたこともあり、ご存知の方も多いと思います。

以下、リンクサイトからの引用です。

【悲報】ローマ教皇「今年は人類にとって最後のクリスマスとなりそうだ」
http://tocana.jp/2015/12/post_8418_entry_2.html

『現教皇は、これまでに数々の奇跡を起こすと同時に、ショッキングな発言を繰り返してきた人物としても知られている。今年11月のパリ同時テロ発生後には、電話インタビューで「ついに第三次世界対戦が勃発した」という主旨の発言を行い、世界に戦慄が走ったばかりだ。***略

これまでに数々の奇跡を起こしてきた現ローマ法王のフランシスコ1世から恐ろしい言葉が発せられた。
なんとフランシスコ1世が「今年は人類にとって最後のクリスマスになりそうだ」と口にしたというのだ。

今回の発言は、ローマのカサ・サンタ・マリアで行われたミサに集まった多くの信者を前にして飛び出したもので、教皇の言葉は次のようなものだった。
「現在の人類は、もはや末期的状況にあり、このままでは来年は見るも無残な有様となるでしょう」
「各地で戦争が続いています。世界は飢え、焼け焦げ、混沌へと向かっているのです。もはやクリスマスのお祝いなど、今年で最後になりそうです」 「平和への道が拓けない限り、日々増え続ける罪のない犠牲者たちのために涙を流さなければなりません。そして許しを請うのです。神やイエス様とともに涙を流すのです」 』

このコメントは、11億人からの信徒を抱えた、カトリック総本山のトップが語られた言葉ですから、決して無視できない重いものといえるのでしょうが、しかし、私個人的には、それほどの影響力のある方が信徒の前で、語るべき内容だったのかどうか未だによく理解できていません。

本来ならば、悪しき未来が目前にあったとしても、信仰の対象となる、神や聖イエス*キリストへ、信徒全員で、罪の許しを請い、深い祈りをもって平和を招来しましょう、と言うことはあってもおかしくないと思うのですが、どうやらそういったコメントもなかったようです。

災いが目前に迫っていながら、すべては神からの思し召しで、なるべくしてなる最悪の運命を受け入れてしまうという選択?***バチカンにはすでに生きた神や、聖イエス*キリストは、おみえにならないのではないかと、いぶかしく思っています。

教皇猊下のコメントの中で語られた、「平和の道を切り開けない限り***」というお言葉、教皇猊下、あなたのお力で、全信徒のために平和の道を切り開いてあげていただきたい、と切望する訳ですが!



聖マラキの教皇予言に照らして

さて、3年前にフランシスコ教皇の就任時に、聖マラキの教皇予言は多くのサイトで取上げられました。現教皇が最後となり、長きバチカンの歴史に終止符が打たれることを預言では暗示しており、その前途にただならぬ、運命的な十字架を背負っているかのような預言が記されていました。

全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言


ローマ聖教会への極限の迫害の中で着座するだろう」(In psecutione. extrema S.R.E. sedebit.)
「ローマびとペトロ、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る。終わり。」(Petrus Romanus, qui paſcet oues in multis tribulationibus : quibus tranſactis ciuitas ſepticollis diruetur, & Iudex tremẽdus iudicabit populum ſuum. Finis.)

「7つの丘の町」とはバチカンのあるローマ市を指しています。
ローマ聖庁が最後の迫害を受けるとは、 西欧社会にとてつもない事態が生まれること示しています。おそらく強大な宗教弾圧でしょう。多くの苦難の渦中で、子羊を司牧するとは、そのために数多くの犠牲者を出すが、それでも信徒は生き残ると言うことのようです。
7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下されるとは言うまでもなく人類に最後の審判が下されることをいっています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E6%95%99%E7%9A%87%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A4%A7%E5%8F%B8%E6%95%99%E8%81%96%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%81%AE%E9%A0%90%E8%A8%80

預言が絶対のものなら、悪しき預言は決して覆すことはできないのか?たとえば、運命どおり定められた、脱線するであろう列車は、決して事故間際に止めることはできないのか?安全で平和の道筋を作っていくことは不可能なのか?今更ながら、深く考えさせられる預言の中の運命論です。

ただし、上の説明にある、最期の審判とは、決して全人類に下されるものではないと思います。これはキリスト教文明に対しての終末論というべきものでしょう。カルマの断滅によって運命の路線が切り替えられるのならば、悪しき予言でさえも必ずアクセスが切り替えられる、というのは絶対の真理だと思います。仏教では、縁起の法という真理を最も重要視します。縁が変われば、必然として、結果がかわる、この世界はすべてが縁次第。いくら神の目を持って綴られた預言といえども、仏教の縁起の法という真理の前では色をなくします。


マタイによる福音書***第24章、イエスキリストのオリーブ山での予言

随分前にノストラダムス師の予言解釈の中で取り上げたことのある、マタイによる福音書***第24章、イエスキリストのオリーブ山での予言をつづったものです。これはエルサレム神殿東稜にある、小高い山の上。2千年近く前、弟子たちに向けて、この地(エルサレム)で起こるであろう出来事を克明に語った予言となっています。ここでは、補足的なポイントとでも言える箇所に(読者よ、悟れ)、 とあります。


マタイによる福音書

第24章(CHAPTER 24)

1. イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子(でし)たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。
2. そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう」。
3. またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。
4. そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。
5. 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。
6. また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
7. 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
8. しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
9. そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
10. そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
11. また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
12. また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
13. しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
14. そしてこの御国(みくに)の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣(の)べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。
15. 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
16. そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
17. 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。
18. 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。
19. その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。
20. あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
21. その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
22. もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。
23. そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。
24. にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。

(イエスの予言は続きます)
http://web1.kcn.jp/tombo/v2/MATTHEW24.html

24章全文がイエスキリストの予言です。一部を挙げました。ここにいう、「荒らす憎むべき者」とは何でしょうか?
先ほど取上げた聖マラキの教皇予言の現教皇に当たる予言と、このマタイの福音書24章のなかでつづられたイエスキリストの予言は、「1999年7の月」ノストラダムス師の予言アナグラムに完全対応していたのではないかと思われます。




大聖ノストラダムス師の予言アナグラムの暗号は、イエスキリストの予言と、聖マラキの予言がバッテイング!

10-72
L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois, *****① 起
Du ciel viendra un grand Roi d'effrayeur,  *****② 承
Resusciter le grand Roi d'Angolmois,    *****③転
Avant apres, Mars regner per bon heur.   *****④ 結
原文
L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois, *****① 起
(従来訳文)1999年7の月

アナグラム変換
Illumi**** “666” step(sept) sion.

(聖マラキの教皇予言***現教皇に対応)

(意訳)
荒らす憎むべき者、(陰府、666の獣)が七つの聖なる丘の町、ローマ*バチカンを踏みにじる。


L'an mil ***Illumi****(陰府)陰謀論にはよく登場します。
neuf cens nonante neuf***”999”ですが、原文のアナグラムでは、反転してこの数字の対極に当たる”666”獣の数字、巷では秘密結社「*******」、ただし、この獣とは、本物と偽者があり、ここでは、偽者を意味している忌み嫌われる者を表しています。「666の獣」として、訳しました。
step***足を踏み入れる、一歩前に進む、押し入る、踏みにじる
(sept) ***七つの
sion***聖なる丘、神殿の丘(エルサレム、東稜の小高い山)


Illumi**** “666” step  sion.
マタイの福音書24章に対応

(意訳)
荒らす憎むべき者、(陰府、666の獣)が聖なる丘、エルサレム*シオンの山に足を踏み入れる。



原文mois***アナグラムから可能性を探ると、ロシア*モスクワ(moscow)という地名も挙がってくることになります。次の記事にはそのあたりを予言詩から見てみることにしましょう。まだまだ続きます。
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