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2/24***第43回*阿含の星まつり動画

絶好の露出に鳥肌が立ちました。たった一分足らずの動画に、どれほど多くの神仏が 現形されておられるのでしょうか。
本年、星まつりは、昨年11月、沖縄大柴燈護摩供の折に採火された、特別な御聖火による「人類救済」の大柴燈護摩供となりました。瞬間瞬間に入れ替わり立ち代り、高貴な神仏や龍神が現形されているようです。

【阿含の星まつり】2016年第43回阿含の星まつり【現形】
https://www.youtube.com/watch?v=XQWZJcWD2Hw

【阿含の星まつり】2016年第43回阿含の星まつり大導師桐山靖雄管長*秘密九字

https://www.youtube.com/watch?v=Zm6pYCZR6BQ
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  • ミヒンタレーのマヒンダです。
  • URL
星まつりで受けた神仏両界の使命



弘明さま、読者の皆様

ミヒンタレーのマヒンダです。


今年2015年、第34回阿含の星まつりの御聖火には、釈迦の成仏法の成仏力と解脱力、ブータン仏教の霊力に加え、日本中の神々の神力が込められており、悪しきカルマを焼き尽くし、人類の霊性を高める力を持つ御聖火でした。

まさに、この御聖火こそ、死者の御霊を成仏させ、生きている人びとの霊性を復活させたのです。

この御聖火によって世界中の家庭が霊的に浄化され、世界中の人びとの霊性が高められるよう、星まつり当日、桐山管長猊下は、全身全霊で人類救済のお力を発揮なされました。

また、今年の星まつりには、悪しきカルマを解脱し、死者を成仏させる力を備え、世界平和を実現させてゆく力を持ちはじめた修行者が、聖師とともに祈り、お護摩をお焚き上げいたしました。

これは、仏陀釈尊が2500年前に弟子たちに七宝経で説かれた
予言が完全に実現したのではないでしょうか。

その予言が説かれた七宝経のなかでお釈迦さまは、
『転輪王という偉大な王さまが出現されるときには、輪宝をはじめとした七つの宝が世の中に出て、転輪王は、それを得て世界を統一し、立派な世の中を建設する。
同様に、如来が出現されるときには、7つの宝、七覚支法が
現われ、如来はその法をもって世の中を救うのだ』
とおっしゃっておられます。

お釈迦さまの予言とは、
現代に、まさに如来が出現するという予言です。私たちがいきている、この時代、現世において如来が現れるという予言なのです。

如来とは、だれか?

お釈迦さまの成仏法・七科三十七道品を弘めているひと、仏陀釈尊が説かれた真実の教えと法を弘めている人びとこそが、世界を救う如来なのです。

お釈迦さまの成仏法を世に出すということは、自分自身が如来になることなのです。
自分自身が如来となり、お釈迦さまの成仏法をこの世に弘めることによって、人類は救われ、この世界は壊滅から救われるのです。

その如来とは、阿含宗であり、桐山管長と阿含宗信徒、修行者であり、阿含宗の聖者集団のことなのです。

それが、今年の星まつりで名実ともに、仏陀釈尊の予言が実現されたのです。

阿含宗の次なる使命は、インド・サヘートマヘートで受けられた仏勅の延長線上にある、バチカンでの預言者ヨハネからの啓示を実現させることなのです。

預言者ヨハネからの啓示とは、1985年3月末、バチカンに招かれた桐山管長はローマ到着二日後、サンピエトロ大聖堂の中を、くまなく巡礼されたときに受けられたのです。
(中略)

ある秘蹟の前に立って合掌したとき、それが起きたのだった。
全聖堂にとどきわたるような大音声であった。
それは、吹きすさぶ荒野の風にきたえぬかれた声であった。その声は、こう叫んだのである。
「火のミサ、火の洗礼をせよ!」
と、
しかし、そのとき、私にはその意味はまったくわからなかった。ただ、私は頭を垂れて、聖者の声を聞くのみであった。
(中略)


そして、つぎの奇蹟がおきたのである。

それが、阿含宗一行四百人、サンクレメンテ大教会という由緒ある寺院で、世界中から集まった英語圏のキリスト教徒の祈りをささげる中、司教さまのミサといっしょに仏教の法要をおこなうのである。
じつに、バチカン、いや、ローマンカトリックの歴史はじまって以来のことなのである。
(中略)

K神父が、説教壇に立たれて、ご挨拶された。
次いで、祭壇上で、司教さまの御ミサがはじまった。
私も、修法檀で威儀を正し、おもむろに、修法に入った。
塗香器の蓋をとり、護身法。
私のうしろに整然とならんだ阿含宗の一行も、しずかに唱和する。
散杖をとり上げ、洒水加持。
ぱんと洒水器の縁を打った瞬間、私の眼前からすべてが消えた。
いつもの通りの、阿含宗道場の修法壇に座っていた。
「うーむ」
印を組むと、私は、火界定に入った。
身はこれ不動明王。遍身に迦楼羅炎をめぐらす。
念力の護摩。心内で護摩を焚くのである。
これを「内護摩」という。密教の秘法である。
炎々と私は護摩を焚いた。
洒水器の縁をぱんと打った瞬間、無意識のうちに、火界定に入っていたのである。

般若心経
真言

四百人の唱和する声が、聖堂内に谺した。

回向

で私はわれに帰った。
その刹那、突然、私は聞いたのだ。あの声を。
荒野にとどろきわたる預言者の声。
「火の洗礼をせよ!火のミサをせよ!」
と、
「そうか!」
と私は心に叫んだ。
「これだったのか!」
と。
「これで、これから阿含宗の焚護摩は、キリスト教徒をも救う火のミサ、火の洗礼になったのだ。預言者よ、あなたはこれをお望みだったのか?」

ヨハネパウロ2世教皇聖下が、あのサンピエトロ広場で、身をもって示されたキリスト教と仏教の融和は、このとき、すでに、法の世界で完全になしとげられていたのではないのか?
凝然として、しばし、私は、修法の席を離れなかった。
以後、阿含宗の焚く護摩は、つねに、この理念で修されているのである。
(桐山管長御著書・オウム真理教と阿含宗より抜粋)

長文で引用させていただいたわけですが、桐山管長がバチカンで念力のお護摩を焚かれた事実をご理解されておられる方は阿含宗の中でも少ないようです。

預言者ヨハネは、未来に現れる人類を救済される救世主を「聖霊と火によって洗礼をおこなう方」であると予言されました。

今年の星まつりに向けて桐山管長から下記のご指導がありました。

「今後の我々の務めは、この人類救済の灯台の灯りの勢いをさらに強くし、救いを求める人がいれば、どこであっても、この灯りが届くようにすることです。
我々は、この灯りを日本のみならず世界中に灯して悪しきカルマを焼き尽くし、人々の霊性をたかめるよう活動してゆかねばなりません。
真の世界平和が実現するためには、護摩法を活用して、各家庭に人類救済の御聖火を灯し、カルマを断って、人びとの霊性を高めてゆくのです。
これこそが、霊性顕現の年の実践活動なのです。」

預言者ヨハネが予言された「聖霊と火のミサ」は、今後の阿含宗の人類救済の御聖火を弘める一大社会運動の実践活動によって実現されてゆくのです。

今年の星まつりこそ、人類救済の聖霊と火によるミサが始まったのです!

聖地花山 精霊すべてより集い

この年 奇跡の年となるべし


弘明さま、阿含の神仏両界の使命を受けられた聖なる平和の戦士たちへ

すべての人びとを火のミサによって如来に導き世界を救いましょう!

頑張りましょう!
合掌











  • 管理者弘明です
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ミヒンタレーのマヒンダ様

投稿ありがとうございました。

ついに、導師から弟子に対しての護摩の火による究極のミッションが降されました。

究極の護摩の火」***究極とは、Ω(オメガ)

賢劫の千仏となる人の登場が急がれます。改めて、師の御著書「変身の原理」読み直しをしなければならなくなりました。

  • セナイ
  • URL
契約日

ヴァチカン、カトリックから連絡してくりはずです。ヨハネ・パウロ2世は、それを見越しての行動だったと言えるでしょう。私はキリスト教の原初は、仏教と関連せいが深いと思っています。本格的合流が始まると思われます。

  • 管理者弘明です
  • URL
セナイ様

昨年、ブータン堂完成を契機にして、これまでにはない伝法の機会がありました。同時に、師から予言に絡んだメッセージの中で、「神仏両界の結合をなす聖なる使徒になれ」と発せられています。多少感ずるところがある人は、「使徒」という言葉、これが仏教語ではなく、聖書の文言だろうと思われた方もあったはずです。

聖書には「使徒伝」という聖霊が下ったイエスキリストの弟子たちの言行録があります。その中心となった弟子が、弟子首座の「ペテロ」でした。

「ペテロ」は、今のバチカンの初代教皇となった方ですが、同時にマラキ教皇預言の最後の教皇といわれている「ペテロ」、すなわち現教皇でもあります。

先のミヒンタレーのマヒンダ様からの投稿文からも理解できますが、、バチカンでなされたサンピエトロ寺院のキ仏合同法要は、理の念力の護摩、間違いなくそうだろうと思います。すでに三十年近く前の出来事ですが、護摩の炎は、時空を越えてあの場所で、燃え続けているといえるでしょう。

1999年の7の月のアナグラム予言解読には、念力の護摩のことが記されていることも後の記事に記そうと思っています。であるとするなら、マラキの教皇預言、ノス師の他のバチカン崩壊預言を超克し、運命の歯車は大きく善転しているかもしれません。

いずれにしても今、念力の護摩は、40年以上のときを超えて、新たなスポットライトが当たる時代になりつつあります。

  • ダンディ
  • URL
NoTitle

 余談です。世迷言と思ってください。
釈迦は使命を果たすために生き、そして亡くなられました。
荼毘にふされ舎利を残され後の仏教の礎をつくられました。

しかし、面白い記録があります。それは釈迦が荼毘にふされた時、何重もの着物にくるまれていたのに、焼けたのは一番下の着物と外側の着物だけだったのです。

何故なのでしょうか?

これはインスピレーションでしかありませんが、その理由です。

釈迦は、死の時にあって全人類の未来の為に仏教の本尊となる物を法に依って作られた。

その為に釈迦は生きたまま念力と法の力で自身の体を焼き尽くしたのだ。死を偽って自身が発火する。そんな事が出来るのは本当の聖者にしか有り得ないことです。

聖者が人類を思う気持ちは想像を絶する程の犠牲を払うことが思われる。

自身火葬とはこれを由来にするのでは無いか?
これが護摩という仏教行事の由来ではないのか?

管長猊下は同じ思いで勾玉を創られ念力の護摩を指導している。念力の護摩の根本は釈迦の人類愛である。勾玉は猊下が自身の身を削って作られた仏舎利なのだ!

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